「先生、ここのジャズ、素敵ですね」ありがたいことに、患者さんから時々こんなことを言っていただきます。実は私、施術だけではなく、院内で流す音楽にもそれなりにこだわっています。
……と言うと、なんだかものすごく意識の高い院長のようですが、実際には今日、何を聴こうかと考える時間が長かったりします(笑)
そんな私が、雨の日になると聴きたくなるアルバムがあります。それが、ビル・エヴァンス&ジム・ホール『Undercurrent(アンダーカレント)』です。
雨の日に、なぜこのアルバムなのか
雨の日の音楽というと、皆さんはどんな音楽を思い浮かべるでしょうか?しっとりしたピアノ。少し寂しげなボーカル。あるいは、カフェで流れていそうな、おしゃれなジャズ。もちろん、それもいい。
しかし私が雨の日に聴きたいのは、もう少し「内側」に入ってくる音楽です。ザーザー降りの大雨ではありません。窓の外を見て、「ああ、今日は一日、雨だな」と思うような、細かな雨。
屋根や窓ガラスに雨粒が当たっている。外は少し薄暗い。でも、室内は静かで落ち着いている。そんな日に、この『Undercurrent』がよく合います。音楽が「外に向かって」広がっていくというより、自分の内側に、静かに沈んでいく。そんな感覚があるからです。
ちょつとカッコつけてますね(笑)
まず、このジャケットがすごい
『Undercurrent』を語るなら、やはりジャケット写真を外すことはできません。水の中に、白い服を着た女性が一人。まるで水面の下に静かに沈んでいくようにも見えます。
ただ、正確には「沈んでいる」というより、フロリダのWeeki Wachee Springで撮影された、水中に浮かぶ女性の姿です。撮影したのは写真家のトニ・フリッセル。
この写真は1947年に『Harper’s Bazaar』にも掲載されていたものだそうです。それにしても、この写真。ジャズのアルバムジャケットとして、ものすごく意味深ですよね。
しかもアルバムタイトルは、Undercurrent=水面下の流れ、底流、暗流という意味。水の中に浮かぶ女性の写真と、このタイトル。もう、ジャケットだけでかなり完成されています。
そして中身は、ピアノとギターだけ

このアルバムが面白いのは、基本的に、ビル・エヴァンスのピアノとジム・ホールのギターこの2人だけで音楽を作っていることです。普通、ジャズといえば、ピアノ+ベース+ドラムというような編成を思い浮かべます。
ところが『Undercurrent』には、そのリズムセクションがありません。「じゃあ、ちょっと寂しいんじゃない?」と思うところですが、これが全然寂しくない。むしろ、2人しかいないからこそ、一音一音がよく聴こえます。
ピアノが何かを話す。ギターがそれに返事をする。今度はギターが少し前に出る。するとピアノが、すっと後ろに下がる。まるで二人の会話を、隣の部屋からそっと聞いているような感じがあります。
「弾かないこと」が、ものすごく上手い
ここが、このアルバムの専門的な面白さです。ピアノもギターも、どちらも和音を弾ける楽器です。つまり、2人とも「たくさん弾こう」と思えば、いくらでも音を出せます。
ところがエヴァンスとホールは、そうならない。互いに相手の音を聴きながら、自分が前に出るところ、引くところを絶妙に調整しています。音を詰め込むのではなく、余白を残すことで、ピアノとギターの一音一音が生きてくる。
これが『Undercurrent』の大きな魅力だと思います。患者さんとの会話でも、参考にしたいところです。
雨の日に聴くなら、私は「Skating in Central Park」
私がこのアルバムを雨の日におすすめしたい理由は、まさにこの「余白」にあります。収録曲の中でも、雨の日の室内で私が特に好きなのが、「Skating in Central Park」です。
この曲のピアノとギターの絡み方が、とても美しい。どちらか一方が主役になって、もう一方が単純に伴奏するというより、二つの楽器が互いの隙間を見つけながら、静かに動いていく。
ギターの音が水面に落ちた雨粒のように聞こえる瞬間があり、その後をエヴァンスのピアノが静かに追いかけてくる。
そんなふうに聴いていると、「雨の日って、悪くないな」と思えてきます。……まあ、傘を忘れてずぶ濡れになった日は、そんな余裕はありませんが(笑)
実は、雨の日らしさは「静かだから」だけではない
このアルバムには、静寂の中に微妙な緊張感があります。たとえば冒頭の「My Funny Valentine」。「雨の日に聴く静かなアルバム」と言っておきながら、いきなり結構動きます(笑)
この曲では、2人だけなのにリズムセクションがいるような推進力が生まれています。つまり、静か=ぼんやりしているではないんですね。むしろ静かな空間だからこそ、音の動きがよく見える。これが『Undercurrent』の面白さです。
ちなみに「Undercurrent」は、私の中では“院内向き”のジャズです
接骨院という場所では、あまり激しい音楽は流せません。患者さんが施術を受けながら、「先生、ちょっとこのドラム、激しくないですか?」となってしまったら困ります(笑)
その点、『Undercurrent』はいい。音楽がこちらに「聴いてください!」と迫ってこない。でも、耳を傾けると、ちゃんと奥に深い世界がある。患者さんとお話ししているときには背景にいて、ふと会話が途切れた瞬間に、「あ、このギターきれいだな」と気づく。そんな音楽です。
雨の日は、少しだけ「内側」に入ってみる
晴れの日は、外へ出たくなります。太陽が出ていると、よし、今日は動こう!という気持ちになる。一方で雨の日は、少しだけ内側に入る時間になります。
窓の外を眺めながら、温かい飲み物を飲む。本を読む。何もしない。そして、静かな音楽を聴く。そんな時間も、たまには悪くありません。『Undercurrent』は、そんな時間にそっと置いておきたいアルバムです。
大雨の日よりも、窓の外で雨が「しとしと」と降っている日。雨音が邪魔にならない程度の小雨。部屋の中は静か。そんな日に、少し音量を落として聴いてみてください。
ジム・ホールのギターとビル・エヴァンスのピアノが、まるで水の中を漂うように重なっていきます。そして、気がつくと、「雨も、なかなかいいもんだな」と思っているかもしれません。……ただし、翌朝まで雨が続いていたら、やっぱり晴れてほしいです(笑)。
雨の日に、少しだけ自分の内側に入る時間を。今日の院内BGMは、Bill Evans & Jim Hall『Undercurrent』です。
機会があれば、ぜひ一度、雨の日に聴いてみてください。


